はじめに
ETHGas は、将来のブロックスペースや、取引をブロックに含める事前確約(preconfirmation)、ブロック内の取引順序を決める権利(sequencing right)を事前に売買できる市場を作ろうとするプロジェクトです。MEV-Boost がブロック提案時点で builder bid を選ぶ仕組みであるのに対し、ETHGas は提案前の段階でブロックスペースに関わる権利を売却できます。両者の違いは収益が確定するタイミングにあり、それが Ethereum ステーキングの収益構造に影響します。以下では、ETHGas の仕組み、MEV-Boost との違い、導入した場合の収益機会とリスクを順に見ていきます。
Ethereumステーキングの収益はどこから生まれるのか
EthereumのバリデータはETHをステークし、ブロック生成や検証に参加して報酬を得ます。ブロックを提案するタイミングでは、取引手数料やMEV(Maximal Extractable Value、取引の並び替えや挿入でブロック生成者が引き出せる追加価値)に由来する収益も発生します。
取引手数料は Base Fee と Priority Fee に分かれます。Base Feeはプロトコルがバーンし、Priority Feeはブロックを提案したバリデータに入ります。(ethereum.org)
MEV-Boost は、バリデータが自分でブロックを組み立てる代わりに、複数のbuilder(取引を束ねてブロックを組み立てる専門業者)から提示されるブロック候補の中から最も収益の高いものを選ぶ仕組みです。builderとproposer(ブロックを提案するバリデータ)の間でブロックを中継するのがrelayと呼ばれる仲介者です。Flashbotsは、MEV-BoostをPoS EthereumにおけるProposer-Builder Separation(ブロックの提案者と組み立て者を分離する設計)の実装と説明しています。この仕組みにより、バリデータは競争的なblock-building marketにアクセスできます。(Flashbots Docs)
バリデータは通常のステーキング報酬に加え、ブロック提案時のbuilder bid(builderが提示する入札額)から追加収益を得られます。
ETHGasとは何か
ETHGasは、Ethereumのブロックスペースを事前に売買できる市場を作ろうとするプロジェクトです。公式サイトは、Ethereumのブロックスペースを取引可能なコモディティに変える新しいプリミティブだと説明しています。具体的には、instant settlement(即時決済)やgas rebate program(ガス代の還元)の基盤として設計されています。(ETHGas)
ブロックスペースとは、各ブロックに取引を含めるための枠です。すべての取引が即時処理されるわけではなく、ブロックごとの処理容量に限りがあるため、ユーザーやアプリケーションはガス代を競っています。
従来はネットワーク状況に応じてその都度ガス代を払い、ブロックへの取り込みを待つ構造でした。これに対しETHGasは、そのブロックスペースを「事前に予約・売買できるもの」として扱います。MEV-Boostがブロック提案時点のオークションとすれば、ETHGasは将来のブロックスペースの先物市場に近い設計です。
ETHGasにはガバナンストークン$GWEIもありますが、preconfirmationやsequencing rightの売買にトークンの保有は必須ではありません。(ETHGas)
ETHGasで売買されるもの
ETHGasで取引される主な権利は preconfirmation と sequencing right の二つです。
Preconfirmation
ETHGasのInclusion Preconfirmationは、proposerが特定のブロックに取引を含めることを保証するcommitmentです。対象は一定量のブロックスペースで、たとえば200k gas unitsとされています。(ETHGas) ブロック全体が約36M gas unitsである(ETHGas)ことを踏まえると、これはそのごく一部です。
マーケットメイカーやdApp開発者にとって、取引がブロックに含まれる確実性には価値があります。preconfirmationは、その確実性を市場で売買できる価格に変えます。
Sequencing right / Whole Block
sequencing rightは、ブロック内の取引順序やブロック全体の使い方に関わる権利です。
Whole Block Commitmentでは、買い手がブロック全体、約36 million gas units相当のブロックスペースを購入し、sequencing rightも取得します。(ETHGas) 買い手はそのブロックを自分で使う、特定の取引を優先する、builderに委任する、一部を再販売するなどの選択肢を持ちます。
MEV-BoostとETHGasは何が違うのか
最大の違いは、収益が生まれるタイミングと売買される対象です。
MEV-Boostでは、ブロック提案時にbuilderから提示される候補の中から最も収益性の高いブロックを選びます。つまり収益は、そのブロック提案時点のbuilder bidで決まります。
一方ETHGasでは、preconfirmationやsequencing rightといった将来のブロックスペースに関わる権利が事前に売買されます。そのため収益は、その権利が市場で売れたか、いくらで売れたかによって変わります。
| 観点 | MEV-Boost | ETHGas |
|---|---|---|
| 基本的な考え方 | ブロック提案時点で最も価値の高いbuilder bidを選ぶ | 将来のブロックスペースや権利を事前に売買する |
| 収益の発生タイミング | ブロック提案時 | 事前販売、市場取引、commitment成立時 |
| 主な買い手 | block builder | dApp、トレーダー、searcher(裁定機会を探す主体)、builder など |
| バリデータ側の収益 | builder payment、priority fee等 | preconfirmationやsequencing rightの売却収入 |
| 収益比較 | slotごとのbidとして比較しやすい | 権利の種類、価格、流動性に依存する |
| 主な論点 | relay選択、builder集中、MEV収益 | 市場流動性、担保、commitment不履行、運用複雑性 |
ETHGasは、MEV-Boostに単純に上乗せされる追加報酬ではありません。導入すれば必ずMEV-Boostより高い利回りになるわけではなく、将来のブロックスペースを事前に売買する新しい市場への参加です。
ETHGas導入によるメリット
新しい収益源
ETHGasでは、将来のブロックスペースやpreconfirmation、sequencing rightを事前に販売できます。従来のMEV-Boostはブロック提案時点のbuilder bidが収益の上限でしたが、ETHGasは提案前の時点で権利を売却できるため、市場が成立すれば追加的な収益になります。
Preconfirmationが開くUX改善
preconfirmationによって取引が特定のブロックに含まれる確実性が高まれば、ユーザーやアプリケーションはより予測可能な取引体験を得られます。ETHGasはinstant settlementやgas rebate programの基盤として設計されています。(ETHGas)
Commit-BoostでMEV収益と共存できる
ETHGasに対応するために既存のMEV収益を放棄する必要はありません。
ETHGasのドキュメントでは、Commit-Boost(バリデータが稼働させるsidecarソフトウェア)はMEV-Boostの直接的な置き換えであり、同じ機能を維持しながら追加機能を加えられると説明されています。(ETHGas) Commit-Boostの公式ドキュメントでも、MEV-Boostやpreconfirmation、inclusion listなど複数のproposer commitment protocolを単一のsidecarで扱える仕組みと説明されています。(Commit Boost) proposer commitment protocolとは、proposerがブロックの中身について事前に交わす約束の総称です。
既存のMEV収益をどの程度維持しながらETHGas側の市場機会を取り込むか、が実務上の論点です。
ETHGas導入におけるリスク
APR比較が成立しない
ETHGasの収益性はMEV-BoostとAPRで比較できません。
MEV-Boostがブロック提案時点のbuilder bidで収益が決まるのに対し、ETHGasはpreconfirmationやsequencing rightが実際に売れたか、いくらで売れたかで変わります。Whole Blockが売れた場合には、バリデータの収益はbuilder paymentではなくブロックスペース売却価格として計上されます。
収益の実体は、APRではなく「どのslotで、どの権利が、いくらで売れたか」に表れます。権利が売れなかった場合に従来型MEV収益をどの程度維持できるかも確認が必要です。
市場流動性に依存する
preconfirmationやsequencing rightに継続的な買い需要があり、十分な価格がつくことが収益上振れの前提です。ETHGasを導入すれば必ず収益が増えるわけではなく、市場の成熟度、取引量、買い手の需要を継続的に確認する必要があります。
運用構成が複雑になる
ETHGasに対応すると、relay選択、payout設定、monitoring、commitment管理など、MEV-Boost単独運用より論点が増えます。SSVのドキュメントでも、Commit-Boostの利用形態として、MEVのみ、MEVと他サービス、MEVと複数サービスといった構成が説明されています。(SSV Network Documentation)
エンドユーザーが日常的に意識する技術詳細ではありませんが、運用側の管理は従来のMEV-Boost単独構成より一段階複雑になります。
commitment不履行のペナルティ
ETHGasのNode Operators向けドキュメントでは、validator登録に必要なcollateralは現時点で0 ETHとされています。ただし、commitment付きslotをmissすること、ETHGas relay由来のblockを提案しないことはslashable eventとして挙げられています。(ETHGas)
ここでいうslashingはEthereum本体のvalidator slashingとは別です。Ethereum protocol由来のリスクと、ETHGas上のcommitment不履行に伴うリスクは、分けて理解する必要があります。
最適な構成は一律ではない
ETHGasのような新しいインフラを積極的に取り込む構成もあれば、従来型のMEV-Boost中心の安定運用を選ぶ構成もあります。運用方針、リスク許容度、会計・ガバナンス上の要件によって最適解は変わり、一律に「導入すべき/すべきでない」とは言えません。
ETHGas導入を評価する観点
ETHGasへの対応可否はAPRの数値だけでは比較できません。期待収益に加えて、次の観点を軸に評価すると判断しやすくなります。
| 評価項目 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| 収益可能性 | MEV-Boost中心の運用と比べて、売却成立時にどの程度の上振れがあるか |
| 下振れ耐性 | ETHGas側で権利が売れない場合、従来型MEV収益に近い水準を維持できるか |
| 市場流動性 | preconfirmationやsequencing rightの買い需要が実際に継続しているか(市場はまだ初期段階) |
| 運用安全性 | relay、payout、monitoring、commitment管理を安全に運用できるか |
| 担保・ペナルティ | collateralやcommitment failure時の影響を適切に管理できるか |
| 適合性 | 運用方針・リスク許容度・会計やガバナンス上の要件に合うか |
ETHGasに対応すること自体が目的ではありません。収益機会があっても、運用リスクや管理負担が過大であれば、リスク調整後のメリットが見込めるかを基準に慎重に判断する必要があります。
まとめ
MEV-Boostとの最大の非対称点は、ETHGasではcommitmentが売れなかったslotの従来型MEV収益をどの程度維持できるかが事前に確定しないことです。collateralが現在0 ETHであっても、commitment付きslotをmissすることはslashable eventとして定義されており、プロトコル本体のslashingとは別のリスク管理が必要です。(ETHGas)
ETHGas のような新しい市場機会を取り込むか、従来型 MEV-Boost 中心の運用を続けるかは、事業者の運用方針やリスク許容度によって変わります。Omakase は Ethereum ステーキングの運用代行事業者(SSP, Staking Service Provider)として、Commit-Boost を用いた multi-relayer 構成でどちらの方針にも対応できます。