はじめに
Lido V3は、ETHのリキッドステーキング(ETHを預けて流動性のある受領トークンを受け取り、ステーキング報酬を得る仕組み)に、リスクと利回りを利用者側で選べる層を加えるアップデートです。従来のLidoでは、Lidoが管理するバリデータ群全体のステーキング報酬が平均化され、受領トークンであるstETH(預けたETHと貯まった報酬に対する持分を表すトークン)の利回りに反映されていました。V3では、利用者や事業者がLidoのプロトコルを通じて、個別にリスクと利回りを選べるようになります。Lido公式ブログによると、V3は2026年1月30日にEthereumメインネットで公開され、中心機能のstVaultsも同日リリースされました。
V2では、利用者は従来からある共通プール(Lido Core)にETHを預けてstETHを受け取り、それをDeFi(分散型金融)などで運用できました。Lido CoreはV3でも残る共通プール部分です。V3ではこの共通プールに加えて、バリデータ運用者やファンドが自分のstVaultを作れます。各stVaultは、運用手数料や保険の条件、stETHの発行率、発行したstETHを再運用するかどうかといった設定を持ち、リスクと利回りの組み合わせを変えられます。
Lidoはこれによって、stETHを各事業者のステーキング商品が共通で使える土台にしようとしています。
Lido V3(stVaults)の概要
Lido V2では、同じ利回りとリスクを持つ共通プール(Lido Core)を通じて、ETHからstETHへの変換と、stETHからETHへの償還ができました。償還にかかる期間は量しだいで、少額なら1日以内、高額だとバリデータの退出を伴うため長くなることもあります。預けられたETHは、Staking Routerという仕組みを通じて複数のバリデータ運用者に分散してステーキングされ、Lido DAOへの集中を避ける設計でした。ただし報酬は全体で平均化されるため、利用者はどのバリデータ運用者に当たるかを選べず、受け取ったstETHを自分でDeFiなどで運用していました。
stVaultsでは、運用手数料や収益性、MEV(バリデータがブロック生成順序などから得る追加収益)といった分配条件を、vaultごとに設定できます。利用者が信頼を置く相手も、Lido DAO全体ではなく、そのvaultを運用するバリデータ運用者に変わります。vaultによっては、発行したstETHをvault内でDeFi運用し、さらに高い利回りを出している場合もあります。stVaultが発行したstETHは、Lido Coreで発行されたstETHと同じものです。ただし後述のとおり、vaultに預けられた価値に対してstETHの発行量を抑えることで、担保がstETHを常に上回る過剰担保の状態を保ち、stETHの裏付けを確保しています。
Lido V3そのものが利回りを底上げするわけではありません。ただ、これまでは不特定多数のバリデータ運用者やDAOが運用に関わる点がネックでリキッドステーキングを使えなかった機関投資家にとっては、信頼する相手を特定の運用者に固定できることが、利用の入り口になります。
次の図は、Lido CoreとstVaultsの違いを示したものです。Lido Coreでは共通プールにETHをデポジットすることでstETHを受け取ります。対してstVaultsでは、Vaultごとにバリデータ運用者が選ばれ、必要に応じて制限の中でstETHを発行します。
stVaultsの制限・リスク
stVaultsの登場人物は、vaultの管理者、バリデータ運用者、Lido Core、stETH保有者の4者です。下の図はその関係を示しています。vaultの管理者は、保有するETHの預け入れやstETHの発行・返済、引き出しを行います。バリデータ運用者はバリデータを運用しますが、vaultのETHやstETHの発行権限を持つわけではありません。
stETHの発行上限と比率
Lido Coreでは、ETHに対して原則1:1でstETHを発行します。一方stVaultsでは、vaultにETHを預けると、そのvault固有の持ち分(出資分を表すトークン)を受け取ります。各vaultは手数料やリスクが異なるため、この持ち分はstETHのように別のvaultと共通で交換できるわけではありません。その代わり、vaultに預けたETHを担保にして、一定の割合までstETHを発行することで、vaultをLidoの共通レイヤーに接続します。
発行できるstETHの量を決めるのがReserve Ratio(RR、準備率)です。RRはvaultの価値のうち担保の余力として残しておく割合で、RRが5%なら、預けた100ETHに対して最大95stETHまで発行できます。RRはstETHの発行量の上限にすぎないので、ステーキング自体には100ETH全額を使えます。
vaultがstETHを発行するのは、担保を裏付けにstETHを借り入れることに近く、担保を引き出すにはそのstETHを返さなければなりません。つまりvaultにとって、発行したstETHは返済義務のある負債です。そのためvault側は、バリデータ報酬からstETHを借りるための手数料などを支払います。
運用者の選択
運用者を選べることは、裏返せばリスクにもなります。選んだバリデータ運用者の運用に障害やミスがあれば、スラッシング(プロトコル違反への罰則として資産の一部が没収される処分)やペナルティで利回りがマイナスに振れることもあります。そのため、運用者の運用品質を事前に十分確認する必要があります。vaultの管理者とバリデータ運用者が別の主体になるケースもあり、これも確認すべき点です。
ユースケース例
stVaultsの用途は高APR(年率利回り)狙いだけではありません。大きく分けて専用Vault型、DeFi組み込み型、分散運用型があり、型ごとに目的もリスクも変わります。
1. 専用バリデータ運用+stETH発行タイプ(機関投資家など)
想定する利用者は、リキッドステーキングを使いたいものの、Lido Core経由のstETH発行では不特定多数のバリデータ運用者やLido DAOが間に入る点が障害となり、これまで踏み込めなかった機関投資家やファンドです。vaultの管理者は資金を入れる機関投資家側、バリデータ運用者はその委託を受けて運用する側に分かれます。この型の強みは、従来はETHをステークしてバリデータ運用を委託してもバリデータ報酬しか得られなかったのに対し、ステークしたETHを担保にstETHも発行できる点です。
先述のとおりstETHは負債にあたるため返済や手数料が発生しますが、信頼できる相手のもとでステーキングしながら、stETHも活用できます。
2. DeFi組み込みタイプ(高APR商品)
vaultの担保で発行したstETHを、さらにDeFiで担保に回してAPRを引き上げる型です。その分、stETHの価格乖離や清算のリスク、利用するDeFiプロトコルのスマートコントラクトのリスクを抱えます。
利回りはLido Core経由でstETHを発行するより高くなりますが、これは利用者が自分でstETHを発行してDeFiで再担保しても得られるものです。その手間を、手数料を払ってvaultに任せられるのがこの型です。
実際にDeFiを組み込んだvaultの例として、Rocksolidが提供するvaultがあります。
3. 分散バリデータ運用(堅牢性重視)
V2のStaking Routerでも一部使われているDVT(Distributed Validator Technology、分散バリデータ技術)を活かす型です。DVTは、同じバリデータを複数の事業者で分担して運用し、一部の事業者に障害が起きても署名を続けられるようにする仕組みです。この型はstETHの発行やAPRの最大化ではなく、運用の耐障害性を優先します。stETHを発行することよりも、バリデータ運用そのものを安全に委託することが目的です。
stVaultを選ぶときは、安全な委託先がほしいのか、stETHを発行して活用したいのか、APRを最大化したいのかなど、目的をはっきりさせると型を選びやすくなります。
最近のLido V3関連アップデート
2026年春以降のLido公式発表によると、stVaultsのTVL(預け入れ総額)はまだ約5,500ETHにとどまり、Lidoが掲げる年間目標の105万ETHを大きく下回っています。現在は、カストディアン(資産管理事業者)やその他の事業者がstVaultsを導入しやすいように、環境整備が進められている段階です。
2026年5月にはCactus CustodyがstVaultsに対応し、同社の顧客は自分でstVaultを作成して、stETHの発行や返済まで操作できるようになりました。
2026年5月には、CantinaのWeb3SOC認証も取得しました。Web3SOCは、オンチェーンで行われるDAOガバナンスや鍵管理など、Web3特有の事項まで評価できる監査フレームワークです。機関投資家がLidoの採用を検討する際の評価材料に使えます。ただしスマートコントラクトの安全性を保証するものではなく、あくまで評価のための資料である点には注意が必要です。
まとめ
V2では、stETHの償還機能や、複数の事業者へ分散してステーキングする仕組みなど、リキッドステーキングプロトコルとしての土台が整いました。V3では、それに加えて、各社のステーキングサービスに流動性を供給する共通基盤としての機能が加わりました。
特に、ユースケースで挙げた専用バリデータ運用とstETH発行を組み合わせる型は、現在主流の「ETHバリデータの運用を請け負うだけ」のサービスに、リキッドステーキングを組み合わせる余地を広げます。
参考リンク
- Lido V3公開発表
- Lido V2メインネット公開発表
- Lido on Ethereum WithdrawalsのFAQ
- Lidoの引き出し速度に関する解説
- StakingRouterの文書
- Lido tokens integration guide
- Lido V3技術文書
- Lido V3設計・実装提案
- stVaults文書センター
- Basic stVault with optional liquidity
- DeFi Wrapperによるエンドユーザー向け商品ガイド
- stVaultsの経済例
- Predeposit Guaranteeの説明
- DeFi Wrapper技術設計
- vaults-wrapper v1.1.0
- 2026年4月のstVaults月次アップデート
- Cactus Link経由のstVaults対応発表
- 2026年5月のLido Poolside Recap
- Lido Earnの損失吸収に関する発表
- LidoのWeb3SOC認証発表